Think

思考を手放した、反応するだけの人類の未来への妄言

いつの間にやら僕らの世界はデータに埋もれ、誰もがそれを当たり前の様に思う世界になっていました。
Twitterでは1分間に約51万ものツイートがタイムライン上に放出され、Instagram上には約5万の写真と約27万ものストーリが1分間に投稿され、
動画プラットフォームであるNetflixでは1分間に約69万もの映像が再生されています。

世界中を飛び交うデータは止むこともなく、むしろ、5Gという新しい舞台で世界はさらなるデータの海に埋没していくのでしょうか。
もしからしたら、今まさにデータの海の底に沈み、僕らは日々気づかぬままデータに溺れながら生きているのかもしれません。

そんな、データの海に沈んだ世界で生きている僕らと、その未来なんかについて考えてみようと思います。

知的パッケージ

この知的パッケージを、私たちは、テレビ、ラジオ、雑誌から受け取っている。そこには気の利いた言い回し、選び抜かれた統計、資料などがすべて整えられていて、私たちはいながらにして「自分の判断を下す」事ができる。
だが、この知的パッケージがよく出来過ぎていて、自分の判断を下す手間まで省いてくれるので、読者や視聴者は全く頭を使わなく済んでしまう。

本を読む本/モーティマー・J・アドラー P15(読書技術と積極性)

この言葉は1940年に世に出回り、様々な言葉に翻訳された「本を読む本」の中の一節です。
もちろんその頃には未だにテレビもラジオも一般家庭に普及していないので、1970年の第二改訂版の言葉だと思います。

何が言いたいかというと、50年前から情報の激流が始まり、今もなおその流れは止まることを知らず、勢いも物量も増え続けているということ。
そして、その情報には、「知的パッケージ」という、僕らの思考の手間を省いてくれる情報が出回っています。

コントロールする傑作と満たされない脳

知的パッケージは良くでき過ぎています。
その情報を理解するために、さまざまな統計データや、背景的な情勢、専門家の知見など盛り込まれ、受け取る側の思考の手間を省き、情報理解の効率を高めてくれるので、今では僕らは深く考えることもなく情報から情報へ、さまざまな情報を摂取しています。

しかし、すべての情報が有益な情報等は限らず、パッケージ化された情報の中に、巧妙に調整された情報を混ぜ込み、僕らの思考や行動をコントロールしています。

コントロールと聞くと、まるで陰謀論のように聞こえますが、実際には大きな陰謀の存在の有無にかかわらず、僕らはパッケージ化された情報にコントロールされています。
例えば、テレビやyoutube、SNSに流れ込む商品CM、おもしろ動画、下衆なスキャンダル記事、インフルエンサーのツイートや自論(根拠の有無にかかわらず)さまざまな機械を通して僕らに流れ込むすべての情報は、僕らの脳細胞を刺激して購買欲求、承認欲求、好奇心などをかきたて様々な気持ちにさせられます。

そして僕らは、刺激された脳に従って、次次と動画から動画、ネット記事からネット記事、最後には広告にたどり着き、誰かのお財布を厚くしているのです。

そんなふうに僕らは誰かのお財布を満たしながら、自分の脳の好奇心を刺激しつづけます。
しかし、僕らの脳はいつまで経っても満たされることなく、ネットの世界を徘徊し続け、手の届く情報を無闇矢鱈と脳に放り込みはじめます。

ファストデータ

世界の情報を整理するGoogleのおかげで、僕らは知的パッケージのデータベースに数回画面を撫でるだけで簡単にアクセスし、思考というステップをジャンプして簡単に答えにたどり着くことができるようになりました。
しかし、その結果僕らの脳は思考することが苦手になりつつあります。

まるで、ファストフードであるジャンキーなハンバーガーやコーラばかりを食べ過ぎて身動きの取れなくなった肥えた身体のように、
知的パッケージを無闇矢鱈と摂取し過ぎた脳は、思考という脳にとっての運動が一苦労になってしまいます。

ジャンクフードには人類が生命を維持するための糖質や脂質が異常な程含まれていて、摂取するたびに脳は喜びドーパミンを供給し、もっと摂取するように呼びかけます。
似たように、僕らの好奇心やさまざまな欲求を掻き立てる情報は、ドーパミンを供給し更なる好奇心を刺激する知的パッケージ求め続け、思考の必要がない情報を次次と摂取し、いつのまにか僕らの脳は思考することを嫌い、世界に転がる都合の良い情報だけを集めて彷徨います。

そして、世界もその脳の欲求を満たすためだけの情報を次次とネットの海に供給し続け、結果、僕らの脳細胞は思考するための器官ではなく、ただただ世界の情報に反応するだけの器官になってしまいます。
それは人類としての退化でしょうか?
それとも、情報に沈んだ世界に適応した進化と取れるでしょうか?

どちらにせよ、僕らの脳は思考することを手放せば簡単に反応するだけの脳へと適応していくでしょう。
そして、世界を覆い尽くす知的パッケージの進化はいくら人類が衰えようがお構いなしに、無機質に進化して行くのではないでしょうか。

オーダーメイドの知的パッケージ

人類が世界を飛び交う膨大な情報に忙しなく反応している裏で、膨大な情報を黙々と静観している存在があります。彼らは人工知能やAIと呼ばれています。
彼らは、僕らの情報の履歴を黙々と蓄積し分析し、人間一人一人に上質な知的パッケージを提供してくれるでしょう。

AIは人類が処理し切れないほどの情報を24時間休むことなく、とんでもない速度で処理し、集積し、自身のアルゴリズムにフィードバックすることで、アルゴリズムの質を上げ続けています。
そして、アルゴリズムは人間一人一人に、あなたのためだけの、さまざまな商品をパッケージ化して、朝昼晩と止むことなく知的パッケージを送り続け、僕らの脳を刺激し続けます。

現に、買い物をしようと思いアマゾンを開けば、僕が好きそうな魅力的な本をこれでもかと並べてきます。
メールを開いても同じです。僕が好きそうな商品を頼んでもないのに紹介してくれるのです。
すでに世界は、僕ら専用の情報を毎日送り続けているのです。
そして、その反応をまたアルゴリズムにフィードバックしてさらに情報の精度を高めていきます。

反応と消費するだけの脳細胞

マイクロソフトは「Cortana(コルタナ)」と呼ばれる、それよりも遥かに高性能のシステムを開発している。(中略)
ユーザーはコルタナに自分のファイルやメールやアプリへのアクセスを許す事を推奨される。コルタナがユーザーを知り、それによって、無数の件に関して助言を提供すると共に、ユーザーの関心を実行に移すバーチャルな代理人にもなれるようにするためだ。

ホモ・デウス(下)/ユヴァル・ノア・ハラリ P177-178(第9章 知能と意識の大いなる分離)

許可、承認、同意する、YES

データ企業は僕らの個人情報にアクセスする事について都度都度僕らに許可を求めます。
しかし、僕らはそんな事を深く考えず「同意」または「許可」をタップして、個人情報を世界に放流します。
あなたは、今までどれだけ個人情報を世界に流す事を許可したか覚えているでしょうか?
もちろんそんなものは一々覚えていないでしょう、僕もそうです。そのくらい、世界は僕らから自然に情報を受け取っていきます。

そんな僕らの個人情報と世界の情報を蓄積し続けたAIが僕ら一人ひとりのコンシェルジュになったら、僕らの日常はどのようになるでしょうか。
少しだけ、僕の妄想にお付き合いください。

思考を手放した日々

僕らは当たり前のように個人情報をコンシェルジュと共有し、日々のネットサーフィンの履歴、SNSの「いいね」の趣向、忙しなく送受信されるビジネスメールなどを細かくチェックし、あなたの1日をマネジメントしてくれるでしょう。

あなたは平日の朝にいつも通り起床すると、あなたのディバイスに、送受信されたビジネスメールや、案件の納期をもとに組み立てられた1日のタスクがスケジューリングされ、いつどこにいき、どこで何をするか事細かく指示してくれるでしょう。
もし、スケジュールに遅れが出れば、コンシェルジュはすぐさま関係者にメッセージを送りリスケジュールをし始めます。
メッセージを受け取った関係者もコンシェルジュが先に読み解き、リスケジュール可能か判断して、コンシェルジュは
「京雨様から面会のリスケジュールの希望連絡がありました。15時からのミーティングまで余裕があるので、1時間程度のリスケジュールが可能です。許可しますか?と言う提案をして、「Yes/No」のどちらかをタップするだけでリスケジュールが完了してしまうかもしれない。

あなた宛てのアポイントメントも、コンシェルジュが先に受信し、あなたのプロジェクトや会社に有益かどうかを判断して、必要があれば、
「現行のプロジェクトAへの納期面での有用性が見られる企業からのアポイントメントがあります。面会を設定しますか?」と面会の場と時間を提案してくれるかもしれないし、無益で意味がないと判断すれば、コンシェルジュが先に断りのメッセージを送ってくれるかもしれない。

休日となれば、コンシェルジュはデータの粋を尽くして最高の1日にしてくれるかもしれない。
コンシェルジュはパートナーの誕生日が近づいている事を思い出させてくれる。
そして、最近のパートナーのネット閲覧やインスタグラムの「いいね」履歴から一番喜びそうなプレゼントとディナーのレストラン候補をメッセージで提案してくれていて、
僕らはその中から気分に任せてタップするだけで、レストランの席を予約してくれて、プレゼントは前日にはレストランに到着してサプライズ演出の準備がされているのかもしれない。
あなたは、コンシェルジュの提案に何度かタップするだけでスマートに振る舞えるようになる。

デート当日に新しい服を揃えようと思ったパートナーは、予めコンシェルジュに共有してある身長やスリーサイズなどのスタイルのデータと、最近のインスタグラムの「いいね」や、Kindleで読んだファッション雑誌の閲覧データを元に、自分とパートナーの趣味趣向とトレンドにあったファッションを提案してくれる。
これで、あなたはファッションで恥をかくなんて事はなくなるでしょう。永遠に。

そうやって、仕事もプライベートもコンシェルジュが常に寄り添い、あなたの生産性も休日の充実度を支えてくれるかもしれない。
挙げ句の果てには、あなたの仕事もコンシェルジュが肩代わりをしてくれるかもしれない。
あなたは、一日中コンシェルジュがあなたの脳を刺激してくれるコンテンツを提供し続けてくれる。

アルゴリズムは、世界中に溢れる膨大な情報を処理し、あなたの脳に刺激を与え反応させ、消費させ、また再び消費による刺激を与える。
そうやってあなたの一日を、人生の一生をパッケージ化して、一つの情報の束としてアルゴリズムにフィードバックされ、また誰かの人生をデザインしてくれるのでしょう。

そんな何一つ考えずに1日が構成される人生に幸福は存在するのだろうか?と思ってしましますが、所詮このシナリオは僕の妄想です。
しかし、シナリオは妄想でも、一つ一つの要素には事実が含まれています。
例えば、kindleを使って本を読んでいる間、僕らは読むスピードの情報を集取され、本の中のどの内容に関心を持っていて、どの内容を読み飛ばしたか?を監視されています。

少なくとも、僕らは日々受信される知的パッケージに反応し続け、思考を手放す事で、情報に反応し続けるだけの動物になれるのでしょう。
反応するだけの動物になれば、それなりの喜びを享受できるパッケージに沿って日々を生きる事ができるかもしれません。
そんな人生を幸せと取るかは、今の僕らには判断できませんが、そんな時代が来たときはそれも一つの幸せになっているかもしません。

しかし、未来人の人生の幸せのなんたるかは、未来の人類に委ねます。
未来の人々が感じる幸せの形なんて正直どうだっていいのです。
それよりも、今の自分自身がパッケージ化された日々から幸せを享受できるか?の方が問題だと思います。
少なくともそんな未来を幸せに感じれる自信がありません。感じるのは、思考を手放し不自由になった事による、自分自身の存在意義の喪失だけではないでしょうか。

反応する脳か、生み出す脳か

やがてテクノロジーが途方もない豊さをもたらし、そうした無用の大衆がたとえ全く努力しなくても、おそらく食べ物や支援を受けられるようになるだろう。
だが、彼らには何をやらせて満足させておけばいいのか?
人は何かする必要がある。する事がないと、頭がおかしくなる。彼らは一日中何をすればいいのか?
薬物とコンピューターゲームと言うのが一つの答えかもしれない。必要とされない人々は、3Dのバーチャルリアリティの世界で次第に多くの時間を費やすようになるかもしれない。その世界の外は単調な現実の世界よりもよほど刺激的で、そこでは遥かに強い感情を持って物事に関われるだろう。

ホモ・デウス(下)/ユヴァル・ノア・ハラリ P158-159(第9章 知能と意識の大いなる分離)

二方向の適応

世界から流れ込む情報に反応する日々はまるで、頭に電極棒を突き刺され、自らその電極棒に電流を流すスイッチを押して、脳を刺激し続けているモルモットと何ら変わらないのではないでしょうか。
自ら世界につながり、自己の脳を刺激してくれる情報を次々と摂取し一日を終え、また同じ日々を繰り返す。
気づけば僕らは試行することも不得意になりつつあります。

今の世の中は、手元の小さな窓に問いかければすぐに答えを教えてくれます。
そして、いつの間にか問いかければ答えが得られるということが当たり前になっているし、
問いかけた答えが正しい答えかもわからないまま鵜呑みにしてしまう。
そうやって、僕らの脳は反応するだけの脳になっていっています。
だから、思考するということがわからず、それさえも問いかけてしまう。
どうやったらそんな風に考えれるのですか?と。
結果、巷に様々な思考術と名のついた本が並んでいる。
もちろん、世界につながり、誰かが整理した情報にアクセスすることも思考術の本を読むことは、悪いことでも間違ったことでもないと思います。
現に僕もメソッドコレクターで、様々な〜〜術系の本を読んでばかりです。

この世界を飽くことなく埋め尽くそうとする情報の激流が止むことはなく不可逆的でもあり、減ることもないでしょう。
やはり既に世界は情報の海に沈み、僕らは溺れかけているようです。
しかし僕らは適応する動物です。だから、情報の海を生き抜く為に二方向の適応が始まっています。
情報の海の底で海流を受けて揺れる海藻のような植物か、海を順番が自由に泳ぎ回る動物のどちらかです。

だから、情報の海に沈み続ける世界に焦り、手当たり次第、世界にアクセスしたり思考術を読むよりも先に、情報の激流が注がれ続けた未来の世界で、
あなたは、この先をどう生きたいのか?
ということを改めて考える事が必要に思います。

未来を作る

先に述べたように、知的パッケージは様々な知識の粋を集めて作られていて、私たちにいかにクリック、またはタップさせるかに時間もお金も労働力もかけています。
僕も気が付けばTwitterを延々とスクロールし、動画から動画へジャンプしているのも事実です。
デジタル断食なんて言葉が出てくるくらい、意思を持って断たないと近代知識の傑作である知的パッケージから逃れるのは、簡単なことではないでしょう。

今日、僕はここに「知的パッケージ」というジャンクフードを摂取し続けた人類の未来の一つを想像し、妄言と言いう物語を描きました。
専門家の未来予測でもなければ、賢者の予言ですら無い、一般人の想像を拗らせた妄言です。
未来予測も、予言も当てになりませんが、僕の妄言ももっと当てにならないでしょう。

しかし、未来予測も予言も当たることもあります。
それは、その予測に沿って行動して、自ら実現することです。
僕が、このままネットサーフィンに人生の時間を費やし続けていれば、僕の妄言も現実にできるかもしれません。
逆に言えば、この妄言が描く世界に抵抗するために今日を生きれば、違う未来を生きる事ができる。

だから、僕らは情報の海に沈み続ける未来で「どう生きていたいか?」を模索し、自らの未来を予測し、その未来に近づく為に今日一日をどう生きるかを自ら選択する。
それは、世界に蔓延する知的パッケージの過剰摂取から逃れる一つの方法かもしれません。
各々が思い描く未来に近づいた先には、自分自身の存在意義や幸福が存在していると僕は思っています。

不確定な未来を幸福に生きるために、今日一日一日を選択して、反応する脳を持った動物ではなく、思考を未来を生み出す動物として共に生きてみませんか?

ここまで僕の下らない妄言にお付き合いありがとうございました。

参考図書

本を読む本

関連記事:精神を成長させ、未来を生きる「本を読む本」

ホモ・デウス(下)

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